最高裁判所第一小法廷 平成5年(オ)1507号 判決 1993年12月16日
上告人
株式会社アメツクス・インターナシヨナル
右代表者代表取締役
藤澤重夫
右訴訟代理人弁護士
笹岡峰夫
野澤裕昭
被上告人
アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド
日本における代表者
スティーブン・ビー・フリードマン
右訴訟代理人弁護士
長安弘志
山﨑誠吾
左髙健一
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人笹岡峰夫、同野澤裕昭の上告理由について
不正競争防止法一条一項二号にいう広く認識された他人の営業であることを示す表示には、営業主体がこれを使用ないし宣伝した結果、当該営業主体の営業であることを示す表示として広く認識されるに至った表示だけでなく、第三者により特定の営業主体の営業であることを示すとして用いられ、右表示として広く認識されるに至ったものも含まれるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原審の確定したところによれば、上告人が第一審判決主文第一項記載の各表示(以下「上告人表示」という。)及び上告人の商号の使用を開始したのは昭和五五年一月九日以降であるが、同五四年末までには、「アメックス」の語が、新聞記事等において被上告人の略称として使用されたことにより、被上告人の営業を示す表示として我が国において広く認識されていたものである、というのであって、右認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。右表示と上告人表示及び上告人の商号とが類似することは明らかであるから、上告人が上告人表示及び上告人の商号を使用する行為が不正競争防止法一条一項二号所定の他人の営業活動と混同を生じさせる行為に該当するとした原審の判断は、これを是認することができる。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 三好達 裁判官 大白勝)
上告代理人笹岡峰夫、同野澤裕昭の上告理由
一 原判決の認定
原判決は、上告人が昭和五五年一月九日にアメックスという表示の使用を開始した時点において被上告人会社の正式名称の略称であるアメックスがすでに日本国内において周知性をもっていたと認定し、上告人の原審における請求を棄却した。
原判決は、上告人がアメックス表示の使用を開始した当時被上告人自身はアメックスという表示を使っていなかったことを認定しながら、しかし、「アメックス」の語は、自然発生的に被控訴人の営業を示す表示として我が国において広く認識されていたと認定している。原判決は、アメックスという語が我が国において広く認識されていたことの根拠として「それだからこそ前示三1に認定した各記事(上告人注。日本経済新聞などの新聞記事)において、特段の説明を加えることなく、「アメックス」の名称が被控訴人を指す名称として使用されたものと認められる。」とし、新聞記事を唯一有力な証拠にあげている。
しかしながら、原判決は、第一に、不正競争防止法第一条一項二号にいう「広ク認識セラルル」「他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」の解釈適用を誤り、第二に、「アメックス」の語に周知性を認めた判断につき著しい経験則違反を犯し審理不尽、理由不備の違法がある。
二 不正競争防止法第一条一項二号の解釈
1 憲法第二二条は、いわゆる「営業の自由」を保障したものとされ、また憲法第二九条は「私有財産制度」を制度的に保障したものと解されている。憲法のこうした条項は、自然人あるいは法人の経済活動が自由に行われることを国民の権利と制度の両側面から保障しているものと解される。
もとより企業の経済活動は、多方面にわたるが営業活動は最も重要な要素である。したがって、営業活動が自由かつ円滑に遂行できるようにすることは憲法の右条項の中心的な内容をなすものと解される。
こうした憲法の条項に照らせば、営業活動は本来自由であることが原則として保障されているというべきであり、公共の福祉あるいは他の利益との衝突を理由とした営業活動の制限は例外として慎重に規制されるというべきである。
営業活動においては、営業主体を示す表示はきわめて重要な意味をもっている。営業表示は、営業努力によって獲得された信用の象徴であり、そうした信用が基礎になって営業活動がさらに広がる。したがって、営業表示の保護は営業の自由の保護の重要な一環をなすものと考えられる。
本来、営業活動が原則として自由である以上、営業表示の使用も自由であるのが原則である。営業表示の使用を制限する差し止め請求は、この自由使用の原則を規制する例外的なものなのであるから、要件は厳格に規定されるべきである。差し止め請求を認める根拠が合理的であること(合理性)、差し止めの範囲が明確であること(明確性)は最小限の要件となる。
2 不正競争防止法第一条一項二号は、営業表示の差し止め請求権を規定している。同法の趣旨は、自らの企業努力によって顧客吸引力を獲得した周知営業表示の主体を保護することによって公正な競業秩序を維持しようということにある。元来、いかなる営業表示を使うかは営業者の自由である。しかし、当該営業表示が営業活動において使用され、その結果当該営業者がその表示に関して顧客の信用を獲得するに至った場合、第三者がその営業表示を勝手に使用することを禁止して当該営業者が獲得した信用を保護しようという趣旨と理解される。この趣旨において同条の規制理由には合理性がある。
3 かかる同条の趣旨からすれば「広ク認識セラルル」「他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」は次のように解釈適用するべきである。
第一に、「広ク認識セラルル」とは、当該営業表示の差し止めを求める者においてその使用(宣伝広告や商品への表示など)の結果広く認識されたことを要件としたものであり、第二に、「他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」とは、当該営業表示の差し止めを求める者において作成され、宣伝広告や商品等に使用された営業者の呼称であることを要件としたものと解釈するべきである。
なぜなら、同条の趣旨からすれば、当該営業者が営業努力によって獲得した信用を保護すれば足り、また、表示も当該営業者が営業活動のために自ら作成した呼称を保護すれば足りるからである。また、当該営業表示の主体者において当該表示を使用していること、かつ当該表示を作成したことを要件とすることで差止めの範囲が明確化されるからである。
かかる解釈は、「他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」にいう「表示」との文理解釈からしても当然の帰結である。すなわち、「表示」とは表し示すことであり当該営業者の表現行為を予定した文言だからである。単なる自然発生的に生まれたものと表現行為は明らかに違う。昭和五五年一月九日当時においては、アメックスという語を使った表現行為は我が国においては存在していなかった(これは原判決も認めていることである)。かかる状況では、そもそもアメックスなる表示自体が存在していなかったというべきである。
4 これに対し、原判決は、「ある表示が自然発生的に特定の営業主体の営業を示す表示として広く認識されるに至った場合を当然含むものと解するのが相当」として右のいずれの要件も不要と判断している。
原判決は、「広ク認識セラルル状態」は「もっぱら客観的に観察されるべき事柄であるから」との理由をもって右の判断に直結させている。しかし、これは「表示」の解釈と「周知」の解釈とを認識混同したものである。確かに、本条の周知であるとは、客観的事実状態であるとされている(小野昌延編著「注解不正競争防止法」一〇六頁)。その趣旨は、周知という状態が営業者の表現行為によってのみもたらされたことは要せず、表現行為と合わせてマスコミの報道あるいは風説などが加わって周知となった場合も周知性があるという趣旨である。原判決のごとく、そもそも当該営業者が使用していない場合に専ら一般人の風説のみで周知性を認めた先例はない。換言すれば、表示が存在する(営業者において自分の営業を示すための表現行為がある)ことを前提としたうえで、それが周知となっているかどうかを主観的要素(営業者自身の行為)に限定せず客観的要素(営業者の行為以外の事実)も合わせて勘案評価するという趣旨と解するべきである。原判決は、周知性判断に関して先例が「客観的観察で行う」との趣旨を誤り客観的要素のみに着目したうえ、本来別個の要件である表示の要件を結局吟味していないのである。
また、原判決の解釈ではきわめて不合理な結論を導く。第一に、営業主体が当該表示を使っていない状態で周知性が肯定される結果、第三者は当該表示が営業者を示すものかどうかの判定が困難となる。第二に、周知性が専ら自然発生的なもので足りるとされる結果周知のものとなっているのかどうかの予測がきわめて困難になる。宣伝、広告、商品への表示など客観的な表示が存在すれば周知となっているとの予測もできるが、自然発生的などという曖昧な基準の場合(単なる口コミも含まれよう)たとえ口コミで聞いたとしてもそれが一般にも広く知られているとの予測はできない。
さらに付け加えれば、原判決の論理では、自然発生的な周知表示が競合した場合はどうなるかという疑問がある。
いずれにしても、原判決は、法令の解釈適用を誤っており、その結果公正な競業秩序を撹乱する弊害をもたらすものである。
三 周知性の認定に関する著しい経験則違反<省略>